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『地獄絵――ぢごくゑ』/山本ゆうじ

 小学校高学年の私にとって、父方の祖父母の家は異界であった。両親が運転する車の中、何時間もの長いドライブの間カーステレオから流れる、タイトルしか知らない古い映画音楽に微睡む。やがて着くのは一面の稲穂の海に浮かぶ古い農家だ。その生命に充ち溢れる土地では、交わされる言葉も、路傍の雑草も、夏草の匂いも、時の流れまでも常でない。
 曾祖父の三回忌といっても、幼い私にはよく意味も分からない。節のついた読経の声をあまり真剣に聞いていると笑い出しそうになる。正座で足が痺れたと告げて部屋を抜け出し、私は井戸のある裏口に回った。夏の空気もここには届かず、意外なほど涼しい場所だ。苔むした井戸の傍にメロンアイスの棒が落ちており、黒蟻が行列を作っていた。小さい従姉妹の残したものだろう。その執拗な生命の営みには、なにか貪欲さと不潔さを感じた。奇妙な正義感に駆られた私は蟻を指で潰した。何匹潰しても列は途切れない。やがて飽いた私は家に入った。法事が済み、親戚一同が去って客間はがらんとしている。油蝉の放ち続ける果てしない大気の鳴動と、旧式の扇風
機の低い唸り声が聞こえるばかりである。蚊取り線香の匂いが鼻孔をくすぐった。
 日焼けした畳の上に残された一冊の画本を見つけた。それは地獄絵だった。今思えば戦前に檀家の子ども向けに作られたのだろう。物陰から責め苦の様子を覗き見た構図だ。原色で彩られた絵柄は劇画調で生々しい。杭に架かる少年の白く無垢な背なに、今一度、鞭を振り下ろさんとしている牛頭(ゴヅ)の、首より下は逞しき女体であった。
 コノ者幼少ニシテ殺生ノ罪犯シタリ
 殺生には蟻も含まれるのだろうか。後悔の念がちらとかすめ、少年への同情が萌した。
 地獄ではどんな非道いことも許されるのか かわいそうに
 ふと画中の子がこちらに振り向いて囁いた。
 なら 代わっておくれよ

投稿者:takazawa 2007年08月01日 2時09分

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