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『パッチン留め』/綾倉エリ

 小学生の頃の話だ。
 家の近所に以前どこかの会社が寮として使っていたらしい廃墟があり、ある日同級生のTと二人で探検に出かけた。私自身は内部に入るのはその時が初めてで、かすかな恐怖を紛らわせるように小突きあいながらそうっと中に入っていった。入口すぐの玄関ホールは足の踏み場もないほどガラスの破片や木片が散らばっており、おそるおそる奥へと進んでいくとホールの隅に毛むくじゃらの物体が落ちていた。
「あっ、タヌキや!」
 死骸を発見し興奮したTの声にも驚いたが、その瞬間ひんやりとした空気が私の首筋を撫で、その冷ややかさに飛び上がった。思わずぎゃあと叫んで一目散に逃げ出した。脇目もふらず走り出したので、あとから追いかけてきた涙目のTにしこたま怒られた。一人で逃げやがって、あのあと奥の方で変な物音が聞こえて怖かったんやぞ! と。お気に入りの花飾りが付いたパッチン留めを落としてきたことに気付いたのは、帰宅後母に指摘されてからだった。
 あれから十数年、学校を卒業し地元に戻って就職した私は、廃墟の跡地に建てられた会社で働いている。正確に言うと職安で求人票を見つけ、実際面接に行って驚いたわけだが。
 自分には霊感があると主張して憚らない経理部長がたまに「社内で白い人影を見た」などとうそぶくが、私はまだ見たことがない。多分霊感がないのだろう。ただ一つ不思議な出来事は、入社してしばらくした頃、出社すると私のデスクにあの時なくしたものに酷似したパッチン留めが置いてあったこと。汚れているわけではないのにどこか古めかしいそれは、今も私のデスクの引き出しに大事にしまってある。

投稿者:takazawa 2008年07月11日 0時32分

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