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『雪迎え』/ささがに

 中学に入った年の初冬の話だ。
 父の思いつきで、父子二人でスキーをしに山形まで行ったのだが、師走の雪国だというのに雪が全く降っておらず、落葉して色褪せた山野が広がるばかりだった。
 宿泊先は山の麓の小さな温泉宿で、接客は腰の曲がった老婆が一人でこなしていた。
 父が雪について尋ねると、老婆は皺だらけの口をもごもごと動かして返答した。
 方言まじりで聞き取りづらかったが、
「今年は『ゆきむかえ』が飛ぶのが遅い」
 と言っているらしかった。
 ゆきむかえとは、おそらく「雪迎え」なのだろうと想像できたが、それが飛ぶとはどういうことか。さっぱり理解できなかった。
 スキーができたかは、言うまでもない。
 夕食が済み、うまいうまいと地酒を呷ってさっさと寝てしまった父を置いて、私は一人で離れにあるという温泉に入ることにした。
 離れへと続く石畳を歩いていると、庭の方からガサガサと枝葉を揺らす音が聞こえた。
 風など吹いてはおらず、ムササビか何かがいるのかと夜目を凝らすと、庭向こうの巨木のてっぺんに佇む人影を見つけた。
 女の後ろ姿だった。白くおぼろげな輪郭は幽霊のようだったが、月光を弾く黒髪があまりに美しく、私は息を呑んで女を見つめた。
 近づこうと一歩踏み出したその瞬間、黒髪がうねり、女は夜空に跳躍した。
 月光に融けたか、夜気に混じったか、その姿はあっという間に掻き消えてしまった。
 生まれたばかりの思慕を拒絶されたかのように思え、私は大声を上げた。
 それから後の記憶は不確かで、いつ床に就いたかも覚えていない。
 明くる朝、あまりの冷え込みに目を覚ますと、窓から覗く風景が白く輝いていた。
「ゆきむかえが飛ぶのを見た」
 そう伝えると、朝餉の支度をする老婆の顔がくちゃくちゃになった。

投稿者:takazawa 2008年07月21日 4時43分

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