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『東の眠らない国』/白縫いさや

 小舟で仰向けていると雲の往来がよく見え、いつしか茜色になる。ぼうと見入っていると船頭が「眠ってておくんなせぇ」と言う。波の跳ねる音を子守唄にした。東に不可思議な国があると聞いたのは三日前のこと。
 ――ふと目覚めると小舟は桟橋に停まっており、船頭は姿を消していた。来た途の彼方に僅かな残光が赤暗く燃えている。月も星もない。桟橋の彼方に祭囃子の音が聞こえる。見遣れば、ぼんやりと淡い黄色い灯りが息づいている。舟を降り、長い桟橋を歩く。木の軋む音が海風に流され消え行く。途中、向かいから子連れの夫婦がやってきて、子どもが「楽しかったねえ」と嬉々と父母に語るのをすれ違い様に聞いた。ぴちゃり、と水を打つような足音がその狭間に響き鼓膜に残る。
 街に入る。眼前に長屋に挟まれた道が広がる。遠くには山が見え、灯りは頂まで続いていた。往来を人が行く。皆その国の民族衣装を纏い、木靴をからころ鳴らして歩く。だが歩くのは人だけでない。狸が歩き、狐が歩き、異形が歩く。首の長い女が、一つ目の坊主が、破れた唐傘が歩く。足のない半透明のが、ススス、と歩く。喧騒と香辛料の香りが入り混じる。ここでは誰もが互いをそこにあるものとして当然のようにしていた。暗がりでは灯りを羨む無数の目が光っている。
 女狐の宿に荷物を置いて、風呂を浴びる。二階の部屋から通りの様子を眺めていると、宿の娘が「まだ夜はながいのですから、遊んでらっしゃい」と言う。夜着(ゆかたと言うらしい)に木靴という出で立ちで街に出る。
 飴を片手に弓なりの木橋で一息つくと、山の方で花火が爆ぜた。たまや、と誰かが呼んだ。往来を様々な生き物が行き交う。ここは何とも奇怪な国であるが、性根は皆明るい。供物を積んだ台車が傍を通り山の方へ行くのでその後を追ってみる。老若男女が異形が汗を弾かせ踊り狂う。私も共に踊り、大いに笑い、朝まで遊び明かすことに決めた。

投稿者:takazawa 2009年06月25日 10時16分

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コメント

この作品は、不夜城新宿を、作者独自のフィルター越しに幻視したものなのでは? ふとそんなことを考えた。
作者の分身ともとれる主人公は、あらゆる世俗の苦悩と屈辱を嘗めつくし、昔日の饗宴の生活を回顧しつつ、不夜の国へと辿り着いた。作者の目線は、絶望と後悔の汚泥の中から、地上の栄華を覗見しているような底意地の悪さを漂わせている。
精密に創りこまれた異世界に、鉛筆で上書きするかのようにさりげなく主人公の姿を描くが、物語の後半、花火を合図に、ネガとポジが反転し、異世界は暗黒の背景に溶け、主人公の姿だけが鮮やかに浮かび上がり、取り残される。
作品全体を通して感じられる、どこか醒めたような視線こそが、この作者の最大の持ち味であり魅力なのだと思えてならない。

投稿者 Kazusa.m : 2009年06月25日 18:47




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