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『定食屋』/わんだら

 仕事をおえて、飯を食いにいこうと営業の若者に声をかけると「だって、また例の店をさがすんでしょう?」と、あからさまにいやな顔をされた。
 さがすもなにも、この辺鄙な山村にある工場に一人で赴任してきてから、ずっと通っている定食屋なのだ。なつかしい感じのする味つけが、単身赴任の心を癒す。他の勤務者は近在の者なので、晩飯はひとりそこで食うのが習慣だ。だが、タイミングが悪いのか、月に一度本社から打ち合わせにやってくる営業の若者を連れていくたびに、山間を抜ける県道の横にポツンとあるその店は、灯りをともしていない。街灯もない道だから、夜遅くともなれば、店の場所だってよくわからなくなるのである。
 車で一時間以上もかかる街のホテルに営業の若者が引きあげてしまってから、私はひとり、自転車ででかけた。くすんだ感じの白い暖簾が灯りに浮き出ている。私には、分相応の店だという気がする。
 さばみそ定食をたのむと、ゆっくりとほおばる。慣れない仕事の毎日で、唯一ゆっくりとできる時間だ。
 店にはいつも客が少ない。店の親父をのぞいては、いつもスポーツ新聞を読んでいる中年男だけが顔なじみだ。新聞には紙面の半分を埋めるくらいの大きさの文字で、野球の記事が踊っている。せめて野球中継を見る趣味でもあれば、男と話も合うのだろうが、あいにくと、そちらも不調法だ。
 「V9達成近し!」「ON砲快進撃」
 ずっと工場にこもって仕事ばかりでは、世間には疎くなる一方だ。どのチームの連覇なのか、往年の名選手たちと同じように呼ばれるのが誰なのかも判らない。
 少しぼけていて、千円札や五百円玉ではだめだという親父に今日も百円玉だけで勘定を払いながら、いつかあの営業の若者を連れて来てやれるといいな、と考えた。

投稿者:takazawa 2009年07月08日 6時58分

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