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『水晶橋ビルヂング』/仲町六絵

第7回ビーケーワン怪談大賞優秀賞受賞作

 昭和六十年代、女子大を出たKさんが就職したのは大阪にある法律事務所だった。事務所が入居していたビルは、大正末期に建てられた古い四階建てだった。外壁に貼られたタイルには、『グンヂルビ橋晶水』と右から名前が書かれていた。
 裁判所に近いため、他にも法律事務所が何軒か入居していた。玄関ホールから伸びる廊下にチョコレート色の扉が並び、ある部屋には離婚専門、ある部屋には倒産専門の先生が居るというわけだ。
 ある日Kさんは階段を下りる途中で、キィキュル、パチンパチン、という家鳴りのような音を聴いた。
 おまけに「調停の印紙代」「損害賠償の請求に」と、事務所で交わされる様な会話が途切れ途切れに聴こえた。周囲に人気はなく、踊り場の窓から中庭を見下ろしても、痩せた庭木とわずかな鉢植えがあるばかりだった。
 数日後Kさんは玄関ホールで守衛と話していたが、キュルル、カタタン、という音に会話を遮られた。そして「えっらいドカ雪やなあ!」と男の声がホールに響き渡り、Kさんと守衛は顔を見合わせた。開け放した扉の外には、陽光が燦々と降りそそいでいた。その日は七月の半ば、雪の降るわけがない。
 その後も不思議な家鳴りや、会話の断片が時おり耳に入ってきた。
「このビルな、内装は手入れしてるけど、骨組みは大正からいじってへん。こうして建ってるんは、立派な事やで。夏あつうて冬さむい、しかもときどき喋りよるけどな」
 Kさんが仕事に慣れた頃、守衛がそう話してくれた。孫を自慢するような笑顔だった。
 水晶橋ビルヂングは、平成に入ってから取り壊された。解体作業が始まる直前、Kさんの上司はティンパニの連打を聴いた。守衛はピアノの短い旋律を聴いた。名残惜しさで解体に立ち会ったKさんには、長い長いあくびのような声が聴こえたという。

受賞コメント
 有難うございます。ビーケーワン怪談大賞に参加させて頂くのも三年目となりましたが、試行錯誤の連続なのは今も変わりません。日々、こつこつと修練を積み重ねてゆけましたら幸甚でございます。

投稿者:takazawa 2009年07月17日 5時36分

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