『美醜記』/岩里藁人
第7回ビーケーワン怪談大賞大賞受賞作
【祖母・八重から聞いた話】
おれの明治生まれの爺様が高等小学校の頃というから、ずいぶん昔のことだ。爺様には、色白で小柄な姉さがいたそうな。姉さは画学生と付きあっていて、その人から手ほどきを受けて当時まだ珍しい油絵を描いた。爺様はそんな姉さを自慢に思っていたらしい。
ところが、その画学生が戦争で死んでしまった。いや、先の大戦じゃない、日露戦争。かわいそうに姉さは部屋にこもってしまって、最後に送られてきた旅順の絵葉書ばかりを写していた。そのうちだんだん絵が取り留めも無くなっていって、おかしいと気付いた時にはひどく暴れるようになった。ホレ、わしも指を噛み千切られそうになった……そう言って爺様は指輪みたいな傷痕を見せてくれたよ。
とうとう田舎の脳病院に入院させたが、半年もせんうちに姉さが死んだという報せが届いた。両親と一緒にとんで行くと、これがあの姉さかと思うくらい皺くちゃの猿みたいになっていた。もっと驚いたのは、姉さの病室に入った時だった。暴れて手が付けられんので、便所がわりに穴ひとつの独り部屋があてがわれていたんだが、そりゃもう酷い臭いで、爺様の母様はゲロ吐いちまったって。
その壁いっぱいにな、絵が描いてあった。百の花に囲まれて、優しげな女の人が微笑んでいる絵。爺様は一目見て、こりゃ女神様だと思ったらしい。赤っぽい茶色から黒色まで、ちょうど昔の写真みたいな色合いで。もちろん病院には絵の具なんてありゃしない。それは、姉さが汚穢(おわい)と月のものとありとあらゆる体中の汁を、絞り出して、こねくって、塗りこめて描いたんだ。むさいものだがあんまり見事なんで、両親はなんとか遺しておきたいと写真に撮ったらしい。でも、駄目だったって。写真からも、その酷い臭いがしてきて、とうとうネガごと焼き捨てたんだと。
爺様は言ってたよ、あれはわしが生涯見たなかでいちばん美しい絵だった、と。
受賞コメント
第4回に友人とともに軽い気持ちで応募して以来、怪談とそれを書く人々の魅力にとりつかれました。今回の受賞は身に余る光栄です。長い間澱のように滞っていた物語がこのような形で評価され、たいへん喜んでおります。
投稿者:takazawa 2009年07月18日 7時40分
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