『さらばマトリョーシカ』/ヒモロギヒロシ
死者の往返する霊路はナメラスジなどと呼ばれ、古より忌避されてきたものである。かような魔所に僕が住まうのは、賃料が安いのと、霊感少女を部屋に招く口実になるから。奈美の時もそうだった。徹宵の霊視をお願いしたりなんかして、「怖くて眠れないから添い寝して」なんつったりして、そしてまあ、付き合うようになった。こましたった。
奈美はしばしば友人の由希を連れてきた。由希は部屋に上がるなり「ミッキーみたい」と僕を指さすので、歓心を買うべく鼻にかかった高い声で「ははっ、ぼくミッキー。這い寄る拝金主義の禍々しき具象だよ!」なんつって阿呆みたいに飛び跳ねたところ「黒い瘤二つを頭につけた霊が後ろにいんのよ」と奈美に呆れられた。僕には全く霊が見えない。
由希は霊表現がいちいちファンシーすぎる為、状況のヤバさが周囲に伝わらずもどかしい思いをしているという。だから彼女が部屋の一隅を睨み「モンブランケーキみたいなおばけが」なんて呟くと、奈美はそれを咎めて精確な霊表現の指導を行うのだった。「肉塊の山、腸のとぐろ、黒焦げ人頭の三層構造からなる集団霊でしょう」みたいなかんじで。
由希は一人でも僕の部屋にやって来るようになったので、怖いと言って添い寝をして貰い、そしてまあ、付き合うようになった。
奈美とは別れた。その後会う事もなかったが、「奈美が部屋に来た」と由希が脅えるようになったのでその霊状を訊いてみた。
「サンリオのキャラで言うとー」
「しらねえよ。わかるように喩えろよ」
「マトリョーシカはわかる? 形が超似てる」
後に知人から聞いた話では、奈美は傷心旅行で東欧のBratislavaという街を訪れた折、衣料品店の試着室で神隠しに遭ったらしい。
結婚後、僕らの間に生まれた娘は五体がパーフェクトな状態ではなく、まあ、そんなこんなで由希とも別れた。由希と娘のその後の消息は杳として知れない。
投稿者:takazawa 2009年07月19日 2時51分
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