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『本家の欄間』/沙木とも子

第7回ビーケーワン怪談大賞優秀賞受賞作

 八歳迄暮らした郷里の仏間には欅の浮き彫りの欄間があった。煤けて真っ黒な上、うねうねやたら込み入った柄で、何が彫られているのか一向に判らない。稚い私はそれが無気味で、下を通る時は息を詰め、目を瞑って駆け抜けた。私が生まれるずっと以前、放火で全焼した本家で唯一焼けるのを免れたのがこの欄間だ。そして二十歳になったばかりの末の叔父が、首を括る場所に選んだのも。
 毎日丹念に磨いていた欄間の下で、仰向けに、敷居を跨ぐ格好で叔父は事切れていたそうだ。私が小学二年の年だった。首周りの赤黒い痣とベロを垂らした苦悶の表情から、首を括ったことは明白だった。だが鴨居や遺体には紐も縄も見当たらない。警察は他殺を疑ったが、盗られた物は無く、書物や古物を愛する誠実無比な青年が人の恨みを買うとも思えない。後刻、叔父の恋人が泣きながら持参した一通の封書が自殺を裏付けた。速達で届いた手紙には、自分は或る女性と抜き差しならぬ関係になった。不実な男は身を挺して貴女と彼女の双方に詫びる他ない、と悲壮な決意の程が認められていた。ただ相方の女性については、終ぞどこの誰とも知れなかった。
 叔父の十三回忌の折、幼児期の意趣返しと、私は気味悪がる母をしり目に仏間に床を取った。今は欄間にも楽に手が届く。叔父に倣って指でそろりとなぞってみた。意外に柔らかく湿り気がある。触れた拍子に一部が外れ、垂れてきた意匠はまるで女の腕だ。裏に顔があった。欄間全体が女体を象っているのだ。見入っていると円い瞼がくるりと捲れ、黒曜の眸が見返した。口唇が開き、身ごろを覆う長い髪がざわり、と波打った。黒くぬめる細い腕が、首筋にしっとり絡みついてきた。もっと、そばへ。上に、おいで――と。
 どさり、という衝撃で我に返った。私は床に、木片に塗れて伸びていた。頭上の欄間が裂けている。老いて、男一人を支えかねて。今夏、叔父が逝った歳に私はなっていた。

受賞コメント
 驚きと恐縮と望外の喜びが交々です。ぽっと頭に浮かんだ欄間の手、という字面からこぼれ出した一文でした。書くことその他思い惑う毎日に、一つ、温かで幽遠な光が灯った気分です。有り難うございました。

投稿者:takazawa 2009年07月19日 13時17分

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