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『魔手』/山本ゆうじ

 我々同好の士は、月に一度、夜の銀座に集まつて奇妙な品々の鑑賞會を開く。中でも柏木の凝り性ときたら尋常ではないが、こゝのところ幾つか出色の品を持ち込む者があり、話題はすつかりそちらに浚はれてしまつたのである。だが今宵の會、柏木は自信に滿ちてゐた。
「サバジウスなぞに惹かれるとは、いよいよ俺も俗物に成り下がつたものと蔑んでくれてよい」まづは卑下してみせてから、テエブルの上の白い幕を引き上げた。それは正に逸品の名に恥ぢぬものであつた。ご存じでもあらうが「サバジウスの手」とは呪物である。サバジウスは太古トラキアの騎乘した月神であり酒神デイオニユソスであるとも云ふ。まづは高村光太郎の彫刻『手』を想像されるのもよい。だが實際には人差し指と中指を伸ばした印形に、魔術的な葡萄の蔦、小蛇、蜥蜴、天秤と幾多の付屬物を附著させ、文字と紋樣が刻まれ、奇妙に變形してゐる。ペンフイールドのホムンクルス圖にもある如く、手といふ器官は大腦が支配する神經のかなりの割合を占め、人間と文明の象徴であるといつても過言ではあるまい。その「手」は比較的近年の作であるとみえたのは惜しいが、籠もる念の強さと禍々しさはその場の空氣を浸蝕し、ヴオイニツチ手稿の斷片の影は薄れ、遙か葡萄牙の寺院から聖遺物を借りて誇らしげに持ちきたつた者でさへ畏怖して、その「手」に見入つた。晴れやかな顏をした柏木を一同は襃めちぎり、どのやうに入手したか聞き出さうとしたが、彼は決してその點だけは頑として口にせず、たゞ微笑んでゐた。やがて赤葡萄酒の杯が行き渡り、雜談が始まつた。私は柏木が左手を先ほどから背に囘したまゝ、隱してゐることに氣づいた。
「なに氣にするな」
 夏にしては涼しい夜だといふのに、その額には大粒の汗が噴き出してゐた。

*作中の「神」の字は原文では旧字体になります。

投稿者:takazawa 2009年07月21日 9時51分

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