『いばらの孤島へ』/君島慧是
〈いばらの孤島〉の悪魔が死んだ。
この報せに洋上の海賊船は騒然となった。どら声が、ロープが、刺青や刀疵に縁どられた異形の手下たちが、船の縦横を矢のように駆けまわった。船長が唯一そ自分の体に触れることを許している黒い猿も、歯を剥きだし甲板やマストでしきりに跳ねた。
取り舵いっぱい、帆をひろげ、西日を追いかけろ。目指すは悪魔の牙城にして墓標。
悪魔は人間から奪った宝をたんまり蓄えていると長らく語り継がれてきた。その価値は一国が百年に稼ぎ消費する総額に勝るとも、オリンピアのゼウス像八体分にあたるとも言われていた。
風は常に彼らの味方だった。帆はたっぷり風を孕み、酷い凪ぎとも嵐とも無縁で、朝はトビウオの群れに、夜は星々に導かれた。有史以来、幾多の船を沈めてきた〈さざれ岩の海峡〉もあの執拗な霧を取り払っていた。
黒々とした島影が水平線にのしかかる沖の甲板で、酒樽の栓が抜かれた。誰もが浮かれはしゃぎ、船長でさえ、十年振りにひとりの部下も傷つけない夜を送った。
翌朝、数艘の小舟で砂浜に乗りつけた海賊たちは雲に届くかと見紛う城の尖塔目指し、生い茂るいばらを自慢の武器で薙ぎ払った。
どこかで悲鳴があがった。甲板長以下十数人がその場に駆けつけ即座に足をとられた。気がつけば体の半分が泥に埋まっている。彼らの狂騒を宝の発見と聞き間違えた五名が、続く七名が同じ憂き目にあった。助けを呼ぶ声に怒号が乱れ飛ぶピンクの沼、船長はその先へ先へと残りの部下を追い遣った。
「あの報せは」と沼に沈みながら操舵手が呟いた。「どうして知れた」と甲板長も泥のなかで口にした。その背中や頭を敷石のごとく踏みつけて船長がコックの上で歩みを止めた。「海のど真ん中で、どうして知れた」
誰もいない船の船倉では、目と歯を剥きだした黒い猿がしきりにギーギー吠えていた。
投稿者:takazawa 2010年07月21日 10時41分
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