『矮星環』/君島慧是
絃雲矮星をめぐる光の環の噂は、少なくとも八十年前からあると、祖父ちゃんは言っていた。この褐色矮星には「吹きだまりの星」という渾名がある。暗い色をした特異で半端な引力が、近くの星系の人々の魂と記憶を引寄せ絡めとり、赤道上空に自分より明るくて色の豊かな魂の河をはべらせるのだと言われていた。矮星よりも周りを流れる荘厳な気配の環のほうがずっと目立つのだ。
この環がなぜこれほど耀くのか――大昔の探査艇の調査では、あの肉厚の雲のような層からは、氷などのありふれた塵は採取できたが、発光の要因になりそうな物質も反応も得られなかった。あれほどの光と色は採取した塵だけでは説明できず、依然謎のままである。それでこんな噂が生まれたのだろう。あのあたりは先の星間戦争で船が沢山沈んだ宙域なんだそうだ。
さらに誰が言い出したのか、環に流れる魂の光に人の姿が見分けられ、河のせせらぎを聴くかすると、離れていても矮星の引力に魂が絡めとられて、環にとりこまれてしまうというのだ。人の姿を見分けるのはともかく、せせらぎを聴くことについては、宇宙の有り様がそれを由としない。音のない空間に、僕らは守られているらしい。船が矮星の近くを通ると、たいていの子供は鈴なりになった舷窓のまえで目を覆ったり、下に隠れたりと妙にはしゃいだものだ。慣性航行中にブリッジから出ると、窓のスクリーンを部分解除して環に見入る乗客を多く見かけるようになった。星間情勢が不安定な影響だろうか。この僕も虹の雲に凭れてうたた寝をする君に会いたくて、この船で働いているのかもしれない。
僕らの星の周期で四十八年に一度、矮星の環は、まるで若い恒星が放出するジェットのように、光の雲の一部を噴きだす。それは決まって銀河中心方向だ。雲の長さおよそ三十万キロメートル、秒速六千万キロだが最後まで行方を観測できた試しもないという。
投稿者:takazawa 2010年07月21日 10時46分
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この作品を読み始めて終えるまでの間ずっと、私は、君島慧是という銀河の只中にいた。
「日本の美しい仏像たちは、日本の自然を背景に描かれた曼荼羅を構成している」と白洲正子は言ったが、仏像や自然も時の流れによって姿や形を変える。怪談もまた、日本の風土が変わるのに寄り添って、その姿を変えていくのだろう。
今流行のドラッカーのいうところの「顧客の創造」を怪談界も考える時期ではないだろうか。オーソドックスな怪談を決して否定するものではないが、新しい時代には新しい怪談も必要とされている。この作者などは、その待ち望まれた人材である。新しい時代を創造する才能と古い時代を打ち壊す無垢なエネルギーの両方を併せ持っている。文学という天体に向かって、怪談界に新しく開かれた知の窓である。
窓とは外から光や風を取り込むために穿つものであるが、同時に外から中を窺うためのものでもある。われわれに新しい世界を見せてくれる窓でもあり、怪談界に新しい光と風を取り込む窓でもある。一人の読み手として、こういう才能と同じ時代を生きている幸福を感じずにはいられない。窓を穿つ瞬間をリアルタイムで目撃できるのだから。
投稿者 Kazusa.m : 2010年07月25日 11:16