『つじさん』/黒木あるじ
最後の一本がウェブにアップされたのを確認すると、辻は倒れこむように椅子へ深く腰かけ、大きく息をついた。
ようやく終わった。ふと漏らした自分の言葉に苦笑する。終わりどころか、始まったばかりじゃないか。
辻の勤めるオンライン書店で掌編怪談を募集するようになってから、八年が経った。これまでの応募総数は四千篇をゆうに超えている。それは同時に、辻が 祓ってきた得体の知れないモノの数でもあった。
皆、ツクリモノだと思って気に留めていないが、言霊を与えられたからには、どんな話であろうが魂は宿る。作者の情念から生まれるのか。それとも読み手の 妄念から湧き出すのか、思いが籠められたモノは送信先であるオフィスに溜まり、己の存在を訴えようとする。単なる文字列じゃないかと扱いを軽んじた結果、 取り返しのつかない災厄に見舞われた編集部や出版社を、嫌になるほど見てきた。
これからだ。自分は絶対に失敗しないぞ。胸の前に両手をかざして印を切り、辻はおもむろに立ち上がった。遠巻きに見守る同僚達に微笑みかけて、オフィスを縦断する。若い男子社員が目に涙を浮かべていた。開きかけた彼の口を手で制し、軽く頷いてから廊下へと踏み出す。
突きあたりの部屋を目指してゆっくりと歩きながら、にじり寄ってくるモノを手刀で祓う。三つ目の女、鬼に似た顔の獣、無数の生首。指先が触れるたび、モ ノが散ってゆくのがわかった。大丈夫だ。これならいける。深く息を吸いこみ、御札がびっしりと貼りつけられた扉を開く。
うっすらと光の射しこむ部屋には、七体の即身仏が眠っていた。一礼してから、空の台座に腰を下ろす。座禅を組みながら、辻は若い社員の顔を思い出した。 しっかりしろよ。来年はお前が九代目辻和人に成るんだからな。頼んだぞ。胸の奥で繰り返しながら、八代目辻和人は静かに眼を瞑る。やがて、音もなく扉が閉 まり、あたりはすっかりと静寂につつまれた。
投稿者:kazuto 2010年07月21日 10時52分
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